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コラム

負けたほうがいい

先日、同志の友、武庫之荘のモリケンさんに会いに行った。

子どもの教育にとって、一番大切な部分の話題で話がはずむ。

おさむちゃんは活動を通じて、勝ち負けよりも大切なことを追求している。

そんなところに大いに共感してくれたモリケンさんがおもしろい記事を紹介してくれた。

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負けたほうがいい

同期より少しでも早く昇進しようと、あれこれ上司に媚を売るサラリーマン達。子供が塾や学校などで近所に負けないために、懸命に頑張る母親達。少しでも他人を出し抜こうと、頻繁に車線を変更するドライバー達。毎日、ほとんどの人々は知らないうちに他人との勝負に参加しています。

しかし、社長まで昇進できた人は同級生の中ではただ一人、しかも実力でもなく努力でもなく運が決め手。塾や学校で負けなかったが、子供は親と同様に人生の意味に気付かない。何台も追い抜いたドライバーは、結局同じところで信号を待っている・・・・・・。

決して「成功者」への嫉妬ではないのですが、勝負に執着する人の多くは、勝っても負けても人生が負けてしまうのです。株式投資を見れば分かるのですが、必ず株が上がる時に市場に資金がどんどん集まり、下がる時に市場から資金が一気に逃げ出します。

長年他人のお金を預かって運用してきたファンドマネージャーの友人が、私に密かに言いました。「宋さん、株は儲からないようになっているよ」と。少しでも他人に勝とうと「機敏」に売買したところで、ほとんどの投資家が損してしまうのです。

「勝ちたい」、「他人に遅れるまい」。そんな勝負の心が、残念ながらどんな人間にも本能として潜んでいます。しかも目の前にある相当くだらないことでむきになり、自分が見えなくなるのです。その先に何があるか、何のためにこんな勝負に参加しているかはまったく考えないのです。

なぜ走るか、走る人がいるからだ。なぜ行列に並ぶか、並ぶ人がいるからだ。なぜ良い学校に入りたいか、できる人が皆良い学校にいくからだ。残念ながら、この程度の理由で多くの人は人生を浪費してしまうのです。

趣味に没頭する時間、家族と一緒に居る時間。そんな刺激のない静かな時間に幸せを感じられるようになれば、人は本当に幸せだと思います。我々人間がなかなか幸せになれないのは、些細なことで他人と比較し、勝負する癖があるからです。

無意味な勝負に人生を浪費している間に、公園ではきれいな花が咲き乱れ、海では真っ赤な夕日が海面に落ち、家では巣立ち前の子供が親の帰りを待っているのです。この瞬間にも多くの幸せが我々を待ち侘び、それを掴まないと二度と我々に属さないのです。我々には他人との勝負に参加する暇はないのです。

幸せの尺度は幸せに生きる時間の多さです。勝負に勝ったとしてもその幸せは一瞬ですが、一輪のたんぽぽのように静かに春を楽しみ、自然に風に自分を託す生き方こそ最後の一瞬まで幸せなのです。

私が嫌いな日本語に「勝ち組」と「負け組」があります。人生は自分に属す幸せを自分の心で感じ取る過程であり、決して他人との勝負ではないと切に思うからです。

経営とコンサルティングを通じて多くの方々と出会ってきましたが、仕事ができる人も幸せになる人も、決して勝負にこだわる人ではなく、むしろ自らうまく負けている人なのです。

「仕事ができる人は『負け方』がうまい」宋文洲著 角川学芸出版

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「負けたほうがいい」

スポーツの指導者がそんなこと言ったら、怒られるかもしれないが、おさむちゃんは、半分そう思っている。負けた方がいいとまでは思ってないにしろ、勝っても負けてもいいと思っている。

思いやりの心、感謝の気持、自分の可能性を信じる心、協力し合うことの大切さ、そんなことがベースにあって、そのあと試合があり、そして結果がある。

勝った時は、子供たちの自信につながったり、夢が実現したりと良い事がある。負けた時は自分を振り返ったり、負けたことが次のエネルギーになったり良い事がある。どちらもそこから得られるものは大きい。

「目の前にある相当くだらないことでむきになり」「決して他人との勝負ではない」「うまく負ける」う~ん。。。深いな~っ・・・。

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